カカオを通じて「Do well by doing good.」/折居拓磨さんインタビュー 【特集企画】わたしにいいこと。せかいにいいこと。
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カカオを通じて「Do well by doing good.」/折居拓磨さんインタビュー

三菱商事グループの(株)MCアグリアライアンスで原材料のトレーディングに携わっている折居拓磨さん。現在はチョコレートの原材料となるカカオの調達をご担当されています。カカオ産業は、全世界で1,100億ドル規模の産業でありながら、貧困、児童労働、森林破壊、ジェンダー不平等といった様々な社会課題を抱えていると言われています。

今回はその折居さんに、お仕事を通じて目にしてこられた「食と農を取り巻く社会課題」や、日々のお仕事を通じて感じていること、今後挑戦してみたいことなど大いに語っていただきました。

サステナブルなサプライチェーンを築くための取り組み

DOWELL編集部:今日はよろしくお願いします。

折居さん:こちらこそよろしくお願いします。

DOWELL編集部:まず折居さんのお仕事の内容についてお聞かせください。

折居さん:カカオ豆、および、カカオ豆由来の製品を輸入・販売する仕事ですね。カカオ豆というのは木の実(カカオポッド)の中に入っている種子を指すのですが、それを加工してチョコレートの原材料になるカカオマスとか、そのカカオマスを脱脂して微粉化したココアパウダーとか、そういったカカオに関するもの(ココア製品)を輸入して販売するというのが基本的な仕事です。

それに加えて今、タッグを組んでいるOlam International社(オラム)というサプライヤーと、ココア製品においてサステナブルなサプライチェーンを築くための取り組みをお客様に提案しています。逆にお客様から「サステナブルな取り組みに興味がある、原材料から見直したい」とお引き合いを頂くケースもあります。このようにビジネスを通して「サステナブルな取り組みをする=世界と社会を少しでもよくする」という点は、従来の原材料を輸入するのみのビジネスとは異なる点だと考えています。

DOWELL編集部:同じカカオといっても、メーカーによってはサステナブルな過程を経て作られたカカオと、そうではないものとニーズが異なるというわけですね。

折居さん:ええ、そういうことです。サステナビリティが担保出来ていること、そしてそれを開示可能であることが、商品力ひいては会社経営の根幹に関わってくるという考え方が増えてきたと思います。

食と農を取り巻く社会課題

DOWELL編集部:お仕事を通じて折居さんが目にしてこられた「食と農を取り巻く社会課題」とはどういうものでしょうか。

折居さん:私が実際にカカオの産地に行って一番感じたことは、農家の収入が安定していないことです。背景には、インフラの未整備といったマクロな問題から、農家の農業技術・市場アクセスの不足といったミクロな問題まで混在していますが、私としては、特に農業技術、アグロノミーと言っても良いのですが、それが日本やアメリカなどの農業先進国と比べて改善の余地が多く残されていることに注目しています。

カカオの木はとても繊細で、気温・日照時間・水はけという基本パラメータの管理はもちろんのこと、病害虫との地道な戦いも必要になります。天候不順等の様々なリスクに対する知識や技術の不足が、農家の収入が安定しないことにつながっており、そこが一番の課題として挙げられるのではないでしょうか。

DOWELL編集部:今、環境が変化して、天候も変わってきているところがありますが、最近はそうした面でもいろいろな問題が起こっているのではありませんか?

折居さん:まさにおっしゃる通りで、カカオの木というのは基本的には高温多湿の環境下でよく育つものなのですが、昨今の天候不順で日照時間が不足したり、豪雨に見舞われたり、カカオの単収に影響を与えているケースも見て取れます。それも農業技術でカバーできる部分もあるのですが、現地ではなかなか着手できないでいます。それが現状ですね。

DOWELL編集部:以前何かの記事で、カカオ豆というものは去年ここでたくさん採れたのに今年はその農園ではダメで、違う場所に移転しなくてはならない、というような話を読んだことがあります。そういう面での取り組みもなさっているのでしょうか。

折居さん:そうですね。カカオの木も植物ですから当然、寿命があります。ところが、そういう状況に気がつかずに栽培を続けていても、寿命に達してしまった木からカカオは想定していたよりも採れないのです。ですから、カカオ農園を定期的に刷新していくことはとても大事で、オラムはそのような取り組みも積極的に進めています。

DOWELL編集部:カカオの木の寿命というのは、どのくらいなんですか。

折居さん;15年から20年くらいまでが単収のピークで、50年を越えてくるとそろそろ経済的に寿命かなという感じです。ガーナでは1980年代から、コートジボワールでは1960年代からカカオの木の栽培が本格的に始まったので、今まさにピークを過ぎている木が多くなってきた、そういう時期ですかね。

DOWELL編集部:50年ですか。木なのでもっと長いと思っていました。

折居さん:木も生き物なので、もちろん生育条件によって千差万別です。中南米には樹齢100年を超える木もあるとは聞いています。一般的に産地のカカオの木は、毎年毎年それなりの量のカカオの実を収穫しますし、人が手を加えているので、おそらく自生している木よりはストレスがかかっているんじゃないかと思いますよ。

「One Farmer One Acre(ワンファーマーワンエーカー)」プロジェクト

DOWELL編集部:食と農を取り巻く社会課題に対してはどのようなアプローチをされていますか。特に「Do well by doing good.」 (いいことをして世界と社会をよくしていこう)な原材料のストーリーについてお聞かせいただけますか。

折居さん:それに関してはとってもいいエピソードがあります。プロジェクト名は「One Farmer One Acre(ワンファーマーワンエーカー)」というのですが、カカオは木ですから木1本が茂らせている葉に対して適切な日照時間というものがあって、光合成で得られる養分と土壌から吸い上げる養分をエネルギーにして、絶妙なバランスでカカオの実を作っているわけですね。従い、葉っぱが育ちすぎて数が多くなったりしてしまうと、その葉っぱの方に養分がいってしまってカカオの実ができなくなってしまうんです。それに対して先進国の農家がよくやるのが剪定です。余計な葉っぱや枝を払ったりして結実に最も適した状態にもっていくわけです。ところが、背景知識のない農家にとって、これをやるのはとても怖いことなのです。自分が大切に育てている木を傷つけることになりますから。おそらく、たくさん葉っぱが茂っている方が素人目にはよく見えるのかもしれませんが、なかなか手を出せないのです。しかし、それをやらないでいると単収が下がってしまうので、農家の収益にもつながりません。

DOWELL編集部:なるほど。それは大変なことですね。

関わったみんなが“win-win-win”

折居さん:そこで行った取り組みとして、まだ農家にはなっていない、土地も持っていないような村の若者たちに声をかけて、剪定専門のチームを作りました。そして、剪定に懐疑的な農家に対し「1区画(=ワンエーカー)だけで良いから、試しに剪定チームに預からせて欲しい」と説得して、実際にその区画で剪定をやって見せたのです。

すると3ヶ月後、カカオの木には例年より多くのポッドがつきました。これを見て農家は、剪定の効果を実感し、残りの区画も剪定しようと思いました。ただし、既に高齢だったその農家は、体力的にも技術的にも不安があった為、剪定チームに賃金を払い委託しました。結果として、収穫量は例年の2倍となり、農家のみならず剪定チームの若者たちも正しい労働による正当な対価を得ることができました。

さらに、その先を見据えていて、これこそが「Do well by doing good.」だと思うのですが、そうした経験をした若者が、実際に自分たちが農業をやるようになった時、「そういえば以前にこういう経験をした」、つまり、「木の葉っぱや枝を払ったから良かったんだ」、ということを思い出すわけです。その村ないしはその国のカカオ産業の将来を担う若者への教育、そこまで考えてやったこの取り組みは本当に素晴らしいと、僕は思いましたね。

DOWELL編集部:収穫が2倍になったというのは驚きですね。

折居さん:要するに、それぐらいチャンスが潜んでいるということです。日本ではかなり高度な農業技術で管理をしているので当たり前だと思うかもしれませんが、日本の作物でも何もしなければ同じだということですよ。

DOWELL編集部:剪定チームの皆さんは、売り上げにものすごく貢献しましたね。

折居さん:このプロジェクトは、パートナーのチョコレートメーカーとお金を出して剪定チームの若者の給料を支払い、報酬を得た若者たちも喜びました。剪定した結果、良質なカカオがたくさん採れてチョコレートメーカーが喜びました。そして、いつも以上にカカオが採れた農家も売り上げが増えて喜びました。まさにこれに関わったみんなが“win-win-win”だったんですよ。

DOWELL編集部:事業を通して社会課題に取り組むという、とても素敵なエピソードですね。

折居さん:もう一つ付け加えるなら、こうした取り組みに透明性をもってやっているということです。これをやればこういう効果があると思うけど、これをやるためには何人の若者を集めて、いくらの費用がかかるということを、透明性をもってお客様に提示し、その分のプレミアムをお支払い頂くか、判断いただくようにしています。僕はこのことが我々が取り組む上での「Do well by doing good.」の一番のポイントではないかと思っています。

DOWELL編集部:社会的なトレンドの中で、例えば、ESG投資、なるべく倫理観の高いところに投資していきましょうと経済の流れも変わってきましたが、そういったところも意識したメガ企業などが先進的な仕入れを加速していっているような気がしますね。

折居さん:ええ、間違いなく始まっていますね。欧米では特に進んでいますし、日本でも今後ますます広まっていくと思います。

DOWELL編集部:先ほど折居さんが挙げてくださった取り組みは収穫が2倍、売り上げも2倍になって、まさに正しい形だと思います。

ところで折居さんは、これからの「食と農を取り巻く社会課題」はどうなっていくべきだとお考えですか。

折居さん:固い言葉になりますが、世の中に広く当たり前のように「食のサプライチェーンの中での不均衡の存在」が認識されることが重要だと考えています。

サプライチェーンに関わる全ての人が、各々の立場で適正に価値を分配するシステムを作りあげ、食と農が継続的に成長する世界を築き上げることが理想です。

そのために、サプライチェーンの構造が可視化され、最終消費者も納得して適正な対価を直接、間接的に支払うことができる仕組みを提案したいと思ってます。すごく端的に言うと、サステナブルと銘打って10円高いチョコレートがあるとして、その10円が何に還元されているのか消費者が理解した上で購入する。産地に井戸を作る原資になっているのか、はたまたOne Farmer One Acreの給料になっているのか、消費者が知っている。それを実現する一つのツールとしてオラムと弊社が存在していると認識して頂ければ幸いです。

DOWELL編集部:まさに持続可能なサプライチェーンマネジメントですね。

折居さん:その中でも、問題提起という意味で、imperfect表参道で行っている「Do well by doing good.」投票には意義があると思います。そこでは、お店の売り上げの一部がどのような社会課題解決に役立てられるかが可視化されています。さらにいえば、それを最終消費者まで展開しているところに革新性があると思います。今後はこれがスタンダードな社会になっていくと思います。

DOWELL編集部:今のお話は生産者から最終消費者まで全てをつなげていくというか、可視化していくということだと思うのですが。トレーサビリティーを重視されているということでしょうか。

折居さん:そういう捉え方もあります。例えばチョコレートでいうと、“ガーナ産”カカオ豆とか“コートジボワール産”カカオ豆という、漠然としたレベルのものだったのが、「コートジボワールのある村で採れたカカオは、こういう取り組みを経たもの」と高い評価を受けるかもしれない。そんな村で採れたカカオで作ったチョコレートだという情報を受け取ることで、生産者に想いを馳せながら「おいしい」と感じるような、個と個でつながる社会になっていくのではないでしょうか。

DOWELL編集部:日本でいうと、スーパーなんかで「〇〇さんが作った野菜」とかプレミアをつけて売っているじゃないですか。考え方は、あれに近いかもしれないですね。

折居さん:ええ、そうですね。それに近いと思います。

DOWELL編集部:海外で作った人の顔が日本でも見えて、逆に消費者の顔が向こうでも見えるようになって双方向でコミュニケーションができれば、生産者のモチベーションも上がりますよね。

折居さん:世界がぐっと近くなりますね。

折居さんにとっての「Do well by doing good.」

DOWELL編集部:折居さんが手がけていらっしゃるお仕事の「やりがい」と「魅力」は何でしょうか。

折居さん:お客様から頂く「こんなサステナブルなことを考えているんだけどできるかな?」という相談に、タッグを組んでいるオラムと一緒になってできる解決策を探しています。中々うまくいかないことも多いのですが、中には先方から「やってよかった」と感謝されることもあります。そんな風に言ってもらえると気持ちがよくて、その一言を聞きたいがためにやっているようなところがあります。メーカーとサプライヤー、ひいては消費者との間の橋渡し役になっているところがやりがいであり魅力ですね。

DOWELL編集部:最後に、折居さんにとっての「Do well by doing good.」とは何ですか? また、DOWELL読者にメッセージがあればお願いします。

折居さん:おこがましい言い方かもしれませんが、お客様のニーズを実現するお手伝いをしている時点で既に「Do well by doing good.」である、そう思っています。

読者の皆さんにメッセージとして伝えたいこととしては、例えば遠いアフリカで作ったカカオを原料に、日本の工場でチョコレートとなり、そして、そのチョコレートが日本全国で食べられる。僕の役割は、その中の歯車の一つかもしれませんが、ふと東京のオフィスの片隅で行う日々の仕事が世界と繋がっているんだなあと感じる。このとき、Doing Goodな行動をしなければ、と妙にシャキっとします。

何が言いたいかと言うと、置かれた環境によってはもっと世界との繋がりを感じにくい方もいるとは思いますが、チョコひとつとっても背景に茫漠な物語があることを想像するだけで世界は変わって見えるかもしれません。この記事を読んだあと、チョコを見たときにそんな意識を持ってもらえると嬉しいです。

DOWELL編集部:たしかに気づきは大切ですよね。DOWELLもそうした気づきを読者に与えるマガジンになりたいです。今日はありがとうございました。

折居さん:こちらこそありがとうございました。

いいことをして、この世界をよくしていこう。~ DOWELL(ドゥーウェル)~
www.dowellmag.com

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