ブラジル北部に「トメアスー」という地域があります。ここでは、“森をつくる農業”といわれる「アグロフォレストリー農法」によって高品質のカカオが栽培されています。そのカカオを使って『meijiアグロフォレストリー チョコレート』という商品をつくっているのが、株式会社 明治です。この商品のコピーは“森の生態系を考えて作ったら、美味しいカカオになりました”。生態系を保全しつつチョコレートをつくろうという取組みは、まさに「Do well by doing good.」活動のひとつと言えるでしょう。では、そのアグロフォレストリー農法とはどのようなものなのでしょうか。カカオの生産農家との取組みと合わせて、株式会社 明治のカカオ開発部でチョコレートの開発にあたる、佐久間悠介(さくま・ゆうすけ)さんにお話をお伺いしました。
“森をつくる”アグロフォレストリー農法とは
DOWELL編集部: 明治のチョコレートに使用されているカカオの中に、アグロフォレストリー農法という独特な農法で栽培されているカカオがあると聞きました。まず、アグロフォレストリー農法とはどのようなものなのか教えてください。
佐久間さん: 「アグロフォレストリー」とは、農業(アグリカルチャー)と林業(フォレストリー)を掛け合わせた言葉です。一般的には聞きなれない言葉だと思いますが、“森をつくる農法”とも呼ばれていて、実は農業界ではかなり昔から使われている用語なんです。
DOWELL編集部: 具体的には、どのような方法で作物を栽培するのですか?
佐久間: 同じ土地の中で、多種多様な作物を時間的かつ空間的に組み合わせて栽培します。ひとつの土地で一種類の作物を栽培するのが一般的な農業のスタイルですが、複数の作物を同じ場所で同時に育てていくということですね。アグロフォレストリー農法が目標としているのは、多彩な作物を途切れることなく収穫して出荷することで、農家の収入を安定させることです。ひとつの作物だけを育てていると、病気などで全滅し、農家の収入が途絶えてしまう可能性もあります。アグロフォレストリー農法であれば、そうしたリスクを回避することもできます。
また例えば、じゃがいもを単一栽培する場合、収穫のたびに畑を更地にします。同じ場所で複数の作物を育てるアグロフォレストリー農法であれば、そのようなことをしないので、土地の生物の多様性が保たれます。
このように環境への負荷が小さく、土地が痩せることも少ないので、農業の持続可能性も高いんです。この農法は熱帯地域やアフリカなどで採用されているケースが多いのですが、その土地ごとの特性に合わせて作物を選び、地域ごとに独自の展開をしています。
DOWELL編集部: ひと口にアグロフォレストリー農法と言っても、その内容は多岐に亘っているんですね。その土地に合わせて、さまざまなスタイルで取組んでいるということでしょうか。
佐久間さん: その通りです。ブラジルのトメアスー地域のスタイルも特徴的です。
ブラジル・トメアスーのカカオとの出会い
DOWELL編集部: では、佐久間さんはトメアスー地域のカカオとどのように出会って、この取組みを始めることになったのか、その経緯を聞かせてください。
佐久間さん: この地域のカカオの存在を知ったのは2008年のことです。入社2年目だった私は研究所のカカオ研究部門に所属していました。ある日、取引先の商社がトメアスーのカカオのサンプルを持ってきたので、品質評価をしてみたところ、実に興味深い結果が出ました。なかなかいいポテンシャルを持っていたんです。追加でヒアリングすると、当時の私には初耳だったんですが、アグロフォレストリー農法というユニークな農法でつくられていると。更に、生産しているのが日系人のコミュニティーと知り、これは付加価値の高いカカオかも知れないと思いました。
そこで上司に進言し、年内に現地へ赴きました。当時はカカオの品質研究のプロジェクトで頻繁に南米に出掛けており、その帰り道に寄るという形で訪問が実現したんですよ。
DOWELL編集部: 実際に訪問してどうでしたか。
佐久間さん: まず驚いたのが、ブラジルの奥地で日系人がカカオを栽培していることです。また距離は離れていても国民性は変わらず、とても細やかな作業をしています。こんなにきちんと管理されている産地を見るのは初めてで感激してしまいましたね。
DOWELL編集部: アグロフォレストリー農法の畑ってどんな畑なんですか?
佐久間さん: 大変驚きました。「これがわれわれの畑です」と案内された土地が「どう見ても畑じゃない、森でしょ!」 と突っ込みたいぐらいにうっそうとしているんです(笑)。決して大げさに言っているわけではないんです! カカオの木は通常3~5mぐらいの高さなんですが、それより高い木や低い木が混じって茂っていて、どこにカカオがあるんだろう? という感じでした。
DOWELL編集部: 一見森だけど実は畑ということですね。一度現地を見てみたいです。
コショウの病気が、アグロフォレストリー農法への転機に
DOWELL編集部: ところで、トメアスーでアグロフォレストリー農法が採用されたのは理由があるのでしょうか。
佐久間さん: 理解しやすいように、トメアスーの歴史と合わせてお話しますね。実はここは、1929年頃、日本政府の移民政策で大勢の日本人が移り住んだところなんです。今でこそかなり大きな町ですが、当時は小さな町がぽつんとあるという状況で、アマゾンの原生林を切り拓くところからのスタートだったと聞いています。
当初はカカオも育てていたんですが、1950年頃にコショウの価格が高騰し、農家はこぞってコショウをつくるようになり、他の作物は一切手がけなくなったそうです。でも1960年代にコショウの病気が流行った結果、コショウが全滅。収入がゼロになってしまったんです。畑のコショウが全て駄目になっていくのを目の当たりにした日系人の農家は、単一栽培の怖さを学びました。この教訓を生かそうと複数の作物を組み合わせて栽培するようになったと伺いました。
DOWELL編集部: この複数栽培がアグロフォレストリー農法へと発展していったのですね。カカオの若木は強い日差しから守る必要があり、そのために日傘の役割を果たすシェードツリー(日陰樹)が必要だそうですね。こうした樹木も育てていたのですか?
佐久間さん: そのシェードツリーのありようが、トメアスーのアグロフォレストリー農法の大きな特徴なんです。一般的にシェードツリーは日陰をつくるための存在と思われていますが、トメアスーでは、シェードツリーも収入をもたらすんですよ。バナナやコショウだったり、もっと背が高い樹木だと、ヤシ科のアサイーやブラジルナッツだったり……。その実を収穫して収入を得られるものばかりなので、無駄がなく経済的に優れているんです。
例えばアフリカでもアグロフォレストリー農法は盛んですが、元々ある森をベースにしていて、後から植えた作物のみで収入を得ています。逆に言うと、元からあった森からは何も得られません。でもトメアスーの場合は、アマゾンの伐採地で荒廃地だった土地を整えるところから始まっていますから、植物を計画的に選べます。高い木も低い木も収入がある作物で構成することができるんです。そして最終的には、荒廃地だった場所がまるで森のようになるんです。
更に時間軸で見れば、コショウやバナナは1~2年目で収入が得られます。カカオは3~5年掛かるので、それまではカカオ以外の作物で生計を立てられるように設計しているんです。
DOWELL編集部: そこまで緻密に計算されているんですね。
森の中でつくるアグロフォレストリー農法は、実は緻密な計算の上で成り立っている農法。
後編では、その特徴を更に掘り下げてお話を伺います。
(後編に続く)
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