“サムライギタリスト”として、世界から高い評価を受けているアーティスト・MIYAVI(みやび)さん。実は音楽活動以外にも、日本人初の「国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)」親善大使として、難民支援問題に取り組んでいます。2020年6月20日の『世界難民の日』に、UNHCRのYouTube公式チャンネルで特別配信された『UNHCR WILL2LIVE Music 2020』では、メインパーソナリティーを担当しました。そんなMIYAVIさんに、難民支援問題に携わるようになった経緯から現在の取り組みなどについて話を伺いました。
音楽との出会い、アンジーとの出会い
DOWELL編集部: 現在は“サムライギタリスト”と呼ばれ、世界で活躍するMIYAVIさんですが、子どものころはサッカー選手を目指していたんですよね。
MIYAVIさん: セレッソ大阪のジュニアユースに在籍していて、プロを目指していました。朝から日が暮れるまでボールを追いかけていましたが、14歳の時に足を怪我してしまい、サッカー選手への道を断念せざるを得なくなったのです。
心にぽっかり空いた穴を埋めてくれたのが、たまたま手に取ったギターでした。すぐに夢中になり、それこそ寝る間も惜しんで弾いていました。サッカーがそうだったように、ギターも、型にはまることなく自由に自分自身を表現できるところが魅力で、すぐにのめり込んでいきました。
DOWELL編集部: ミュージシャンには、誰かに憧れて、その演奏を真似ることから始めたという方が少なくないようですが、MIYAVIさんは違ったのですね。
MIYAVIさん: もちろん沢山のアーティストから影響は受けましたが、「誰かになりたい」ということはなかったですね。最初はコードとかも分からず、まったくデタラメに弾いていました。それでも音楽を創るという喜びを感じられて、その思いは今も同じです。これがあれば自分が自分らしく生きることができる、そう確信できたんです。
DOWELL編集部: いまでは、ピックを使わない“スラップ奏法”という独自のスタイルが、MIYAVIさんの代名詞です。
MIYAVIさん: テクニック的には、ラリー・グラハムさん、マーカス・ミラーさん、ルイス・ジョンソンさんのような、チョッパーベーシストと呼ばれる先達の演奏を見て学びました。でも、スタンスとしては日本の伝統楽器である三味線のような音を西洋の楽器でも鳴らしたいという思いがあり、それが現在のスラップ奏法につながっています。
まずは自分らしくありたい。だから自分との向き合い方を何より大切にしてきました。それは音楽に限らず、すべてにおいてです。現在は周りの人や、溢れんばかりの情報のアップデートに着いていくことが求められがちですが、まず個の部分がしっかりしていないと、発展や広がりはないと考えます。
DOWELL編集部: その音楽に魅かれたアンジェリーナ・ジョリーさんが、自身が監督した映画『不屈の男 アンブロークン』(アメリカ/2014年)で、MIYAVIさんに出演をオファーされたんですよね。第二次世界大戦中の日本軍の捕虜収容所で、主人公のアメリカ人に辛く接する所長を演じられたとか。大変センシティブな役柄だったと察しますが、どのような思いで引き受けたのでしょうか?
MIYAVIさん: 役者をするのが初めてということ、そして製作前から反日的な作品ではないかと話題になっていたことで、正直、自分の音楽家としてのキャリアに影を落とすのではないかと、とても悩みましたね。でも、監督としてのアンジー(アンジェリーナ・ジョリーさんの愛称)の作品への思いを聞いて、出演することを決めました。
この作品は、日本とアメリカが戦争で勝ったとか負けたとかいう話ではなく、ひとりの不屈の男の物語です。「自分を苦しめた人たちを最終的には許すという境地。その境地に達する強さを描きたい」と言われて、それはグローバルなメッセージだと思いました。アメリカ人だけでなく日本人も学べる映画だと。この物語の主人公が放つ光を、より際立たせる影として僕が必要とされるなら、この作品のためにがんばってみようと考えたのです。
DOWELL編集部: この出会いがきっかけで、アンジェリーナ・ジョリーさんが特使を務める国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の活動に参加するようになったのですね。
MIYAVIさん: アンジーとは、撮影期間中にいろいろな話をしました。本当に強い女性で、常に子どもたちや弱者のために戦っている。彼女から難民のことを知り、その支援活動をしているUNHCRの存在も知りました。いつしか「僕にも何かできることはないだろうか」と考えるようになっていました。彼女が新たなドアを開いてくれました。
難民キャンプで教育の必要性を痛感する
DOWELL編集部: それまで難民に関してどの程度ご存じでしたか?
MIYAVIさん: まったく知らなかったですね。もちろんニュースなどで難民という言葉は耳にしていましたが……。アンジーから聞いて、本当に根が深い問題だなと思いました。UNHCRの最新レポートでは、難民数は7,950万人。世界の100人に1人が住むところを追われている状況と出ています。
問題が発生している地域も特別なエリアに限定されているわけではなく、世界各地に広がっています。難民の発生にはいろいろな原因があり、またそれらが複雑に絡み合ったうえに政治的な思惑もありますから、なかなか解決するのが難しい。このように表現すると絶望してしまうんですけど、常々アンジーも発信しているように、これは人類が犯した過ちです。希望を持つなら、人類が起こしたことだから自分たち人類で必ず解決できるはずと信じることからだと思います。
DOWELL編集部: その希望を叶えるための初めてのアクションとして、2015年にレバノンを訪れたのですね。
MIYAVIさん: シリアとの国境付近にある難民キャンプで、シリアから逃げてきた人々が暮らしていました。難民問題にまだまだ疎い自分が、恵まれた日本から出かけて行って何ができるのだろうかという不安でいっぱいの訪問でした。
しかし子どもたちの前で僕がギターを弾いた瞬間、「ウヮ~」という歓声があがって、みんなの目がキラキラと輝いて。感激しましたね。音楽を楽しむことが当たり前じゃない環境で、こんなに真っすぐに受け止めてくれるなんて。「音楽を通じて僕が何かできるかも知れない」と考えるようになれたのです。
ただこうしたピュアな姿を見ることができた喜びだけではなく、考えさせられることもありました。せっかくなので、子どもたちにもギターを弾かせてあげようとしたのですが、順番を待つことができない。並ばずに喧嘩を始めてしまう。それも口喧嘩ではなく、殴り合いで流血までしてるんです。
現地のスタッフは、「まあまあ子どもにはよくあることだから」みたいな反応でしたが、僕は、極めて重く受け止めました。教育を満足に受けられないと、他人を思いやることができなくなってしまう。善悪の概念や倫理観がないままこの子たちが育ったとき、もし自分が生きるのに精一杯だったら、目の前の死にかけている人からでも略奪をしてしまうだろうと。そしてこうしたことが将来、新たな紛争と難民を生み出すという負の連鎖につながってしまうと。
教育、なかでも道徳を学ぶことの大切さを痛感させられた訪問でもありました。子どものころには退屈な授業でしかなかった道徳、これこそが重要だな、と。でも残念なことに、社会的評価を受けるためには、本来は社会を理解するための手段にすぎない国語や算数などのテストで高得点をあげなければならない。そしてそれが教育の目的になってしまっている。そこが問題です。今後はこうした教育のあり方にも、意欲的に関わっていきたい、と考えています。
レバノンのキャンプには翌年も訪問しました。同じ場所にもう一度行くことで、改善したのか悪くなったのか、移り変わりをこの目で確認できると考えたからです。それに前回見られなかったことも、二度目だと気持ちに余裕ができるから、俯瞰して見ることができます。
すると、再訪したときは、子どもたちが学校に通える状況になっていました。学校行きのバスに子どもたちが笑顔で駆け込んでいったんです。子供達の、学校に行きたくて仕方がない、学びたくて仕方がないという気持ちが伝わってきました。教育の場ができて本当によかったと思うのと同時に、先進国では学べることに対する喜びや感謝の気持ちが忘れられていると反省させられました。
難民問題に積極的に取り組み始めたMIYAVIさん。後編では、UNCHR親善大使としての活動などをうかがっていきます。
いいことをして、この世界をよくしていこう。~ DOWELL(ドゥーウェル)~
www.dowellmag.com