サッカーで子どもたちの心に橋を架ける(前編)/ガンバ大阪監督 宮本恒靖さん 【Cover Story】これからの時代の課題解決とは?
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サッカーで子どもたちの心に橋を架ける(前編)/ガンバ大阪監督 宮本恒靖さん

Jリーグ・ガンバ大阪の中心選手として活躍し、日韓大会とドイツ大会の二度のワールドカップでは、キャプテンとして日本代表チームをけん引してきた宮本恒靖(みやもと・つねやす)さん。現在、ガンバ大阪の監督としてチームを率いながら、2013年から続けている、東欧のボスニア・ヘルツェゴビナでの『マリモスト』というスポーツアカデミーの活動にも携わっています。その目的は、子どもたちを対象としたサッカースクールの運営を通じて、紛争の爪痕が残る現地の民族対立を融和すること。ところでなぜ日本のサッカー選手だった宮本さんが、遠く離れた東欧の地でサッカースクールの運営に関わることになったのでしょうか、2016年10月の開校に至る経緯や現状、さらに“スポーツが持つ力”への想いについて話を聞きました。

(文責/DOWELL編集部・とがみ淳志)

きっかけは『FIFAマスター』のグループ卒論

東欧のボスニア・ヘルツェゴビナでのスポーツ交流に宮本さんが取り組むきっかけとなったのは、現役を引退した翌年2012年秋の『FIFAマスター』への進学でした。『FIFAマスター』とは、国際サッカー連盟『FIFA』が運営する大学院で、サッカーに限らずスポーツ全般に関する人文・社会科学的な教育を通じて、スポーツ界で活躍する人材の育成を目標としています。ここへの入学は大変狭き門と言われていますが、なぜ宮本さんはこの門戸を叩いたのでしょうか。

「17年間の現役生活を終えるにあたって、今後は指導者としてやっていくという可能性は当然考えていました。でも次のキャリアに進む前に、少しピッチを離れて、何かを学んで自分の中に蓄えたいという想いが湧いてきたのです。学ぶことによって、別の道も拓けるかも知れないとも考えましたね」

Jリーグのトップチームでプレーしながら、同時に同志社大学に通っていた宮本さんらしい発想です。

「幼いころから文武両道を意識してきたのですか?」の問いには、

「そのように教えられてきたのは確かです。でも親に言われたからではなく、自分自身いろんな世界を見て、多くのことを知って自分の枠を広げたいという気持ちは昔から強かったです」

『FIFAマスター』入学後は、約10カ月、イギリス、イタリア、スイスと移動しながらの受講生活。そこで、スポーツの「歴史」「経営」「法律」の3本柱を中心に学んだそうです。

そして修士課程の最後に、ファイナルプロジェクトというグループワークで論文を作成するプログラムがありました。

「FIFAマスターの同期生は25か国から30名が集まっていたのですが、ファイナルプロジェクトのメンバーも日本(宮本さん)、ポルトガル、スウェーデン、スイス、ボスニア・ヘルツェゴビナと、集まったメンバーの国籍が多彩。みんなの興味の対象もバラバラで、テーマの絞り込みはとても難航しました」

そんなある日、10年ほど前の、とある研究レポートがグループの目に留まりました。そこにはイスラエルとパレスチナ難民の子どもたちが2週間共同生活を営み、サッカーを通じて交流する機会を設けたところ、打ち解け合い仲よくすることができたという報告が記されていたそうです。

「子どもの時に、多様性を持った仲間と一緒にスポーツをした経験が、将来社会で重要な役割を果たす際に役立つのではないかと考えました。2週間という短期間ではなく、永続的なアカデミーを設立して運営していけば、その効果はもっと期待できるものになるだろうと、グループの意思がまとまっていったのです」

紛争の爪痕が残る地にスポーツアカデミーを

焦点は、そのスポーツアカデミーをどの国で開校させればよいかということ。そこで白羽の矢が立ったのが、ボスニア・ヘルツェゴビナでした。

「女性メンバーの出身地で、民族対立の話はグループワークを始める前から聞いていました。彼女の祖国に設定することで、問題の改善に寄与したいと考えたのです」

ここで、ボスニア・ヘルツェゴビナが抱える問題について少し触れておきましょう。ボスニア・ヘルツェゴビナはもともと、「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家」と称された複合国家、ユーゴスラビア社会主義連邦共和国を構成する共和国のひとつでした。ところが、1990年代の初頭にユーゴスラビアが崩壊し、民族間紛争である、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が勃発。約4年間で20万人以上の死者、200万人以上の難民を出したといわれています。紛争が終結した後でも、ムスリム系、セルビア系、クロアチア系などの民族の間には、まだまだ激しい対立感情が残されているのです。宮本さんたちが選んだのは、そのような背景を持つ国、ボスニア・ヘルツェゴビナでした。

続いて開校地の候補を探します。グループのメンバーが注目したのは、古都・モスタル市でした。

「市内を川が流れているんですが、その川を隔てて東側にムスリム系のボスニア人、西側にクロアチア人。少し離れたエリアにセルビア人というように、居住エリアが分かれた状態で3つの民族が暮らしており、互いの行き来はほとんどないということを聞きました。それで、この土地なら論文の趣旨に合うと結論づけたのです」

そして宮本さんのグループは、『ユーゴスラビア紛争後に民族が分断されてしまったボスニア・ヘルツェゴビナのモスタル市に子供対象のスポーツアカデミーをつくり、スポーツを通して民族融和を進めることは可能か』をテーマとする卒業論文を発表するに至りました。

ちなみに、宮本さんは『FIFAマスター』に入学する以前から、ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争のことを気にかけていました。

「1995年にガンバ大阪のユースからトップチームに昇格し、プロサッカー選手としてのキャリアをスタートしたのですが、当時のチームメイトに旧ユーゴスラビア出身者が数名いて、彼らからこの悲惨な紛争のことを聞かされていました。そのため、『何か力になれないか?』という想いがずっと心の片隅にあったんです」

宮本さんが日本代表のキャプテンを務めた2006年のドイツワールドカップ終了後に代表監督に就任したイビチャ・オシムさんも旧ユーゴスラビアのサラエボ(現ボスニア・ヘルツェゴビナ首都)出身。宮本さんはオシムジャパンには選出されていませんでしたが、2007年にオーストリアのザルツブルクに移籍したこともあり、以前オーストリアのチームで指揮を執っていたオシムさんとの交流を深め、後にアカデミーを創立・運営していく際に、アドバイスをくださったとか。宮本さんとボスニア・ヘルツェゴビナは、繋がる運命にあったと思わせるエピソードです。

外務省とJICAの協力を得て実現へ向け始動

卒業論文に謳われた構想が実現に向けて動き出したのは、『FIFAマスター』を修了した翌月のこと。宮本さんが日本経済新聞に連載していたコラムでプロジェクトについて言及したところ、外務省のボスニア・ヘルツェゴビナの担当者や、JICA(独立行政法人国際協力機構)のスタッフから、「ぜひ実現させませんか?」という連絡が入ったのです。

「まさに渡りに船です。そこで、まず現地に説明をと、彼らと一緒にモスタルとサラエボを訪れました。しかし、現地の関係者と話をしてみても、正直なところ『実現することができればとてもよいプロジェクトだとは思う。ただ、君たち(日本人)が考えているよりも現実は厳しく、簡単ではないんだ』という感じで、感触はよくなかったですね。ただ、紛争に対して特定の民族に偏ることなく中立を保って平等に支援していた日本人だからこそ、話を聞いてくれた部分もあると感じました。」

最初の訪問で諦めずその年に現地を4回も訪問。想いを繰り返して伝えていくうちに、モスタル市の人々もその真剣さに動かされ、「じゃあ市内のどこにアカデミーを作ろうか」というところまで話が進んでいきました。

具体的な話になっていけば、当然ながらお金の問題が出てきます。

「アカデミーのクラブハウス建設には、外務省が『草の根・文化無償資金協力』のスキームを活用して資金を拠出してくれました」

2016年10月の開校前、他の施設を借りてプレオープンとして活動していた際の運営費は、UNDP(国連開発計画)からの助成によって賄われました。

「私たちの志に共感して援助してくれる企業が現れたり、日本国内に加え、『FIFAマスター』の海外グループメンバーによるクラウドファンディングなどで運営資金が集まり、開校にこぎつけることができたのです」

構想から開校まで、3年もの時間を要したところに、このプロジェクトの船出が多難だったことが察せられます。でも当初は縁もゆかりもない日本人と遠ざけられていましたが、

「どこにも偏らない中立の日本だからこそ、できたかも知れませんね」と宮本さんは振り返りました。

始動したプロジェクトの名は、“小さな橋”を意味する『マリモスト』。モスタル市には世界遺産に指定されているスタリモスト(古い橋)という石橋がかかっています。16世紀のオスマントルコ時代にかけられた橋で、さまざまな人々が行き交うモスタルの象徴的な橋でしたが、紛争中に爆破されてしまいました。現在の橋は民族の融和を願い紛争後に再建されたものです。“マリモスト”という名称には、その橋をモチーフに、子供たちがスポーツを一緒に楽しむことによって、対立している民族と民族の間に橋を架けてほしいという願いが込められています。

『マリモスト』の活動は、週5回ほどのサッカーがメインのトレーニング中心。現在、男女を問わず、特定の民族に偏ることなく80名ほどの子どもたちが参加しています。もちろん家庭には費用の負担は一切ありません。

「マリモストでプロサッカー選手を育てようとは考えていません。一緒に体を動かして互いを理解し、知ってほしい。そしてチームスピリットやフェアプレーなどを学び、お互いをリスペクトする気持ちを育む場にもしてもらいたいのです。マリモストで育った子どもたちの中から、いつかモスタルの街のリーダーになるような子が出てきてくれたらと思います。」

FIFAマスター』への入学をきっかけに、ボスニア・ヘルツェゴビナでのサッカースクール運営にかかわることとなった宮本さん。後編では、宮本さんの考える“スポーツの持つ力”について伺っていきます。

続きを読む(後編)>>>

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